精進しますと言うけれど

「精進します」という言葉で会話を締めくくることがあります。
上司やお世話になっている方からアドバイスを頂いたとき。
自分が至らぬ経緯で失敗や反省をしたときにも。
相手の言葉を受け止めたり、失敗を糧として成長したりする意志を伝える際に便利な言葉だと思います。
この言葉で締めくくってしまえば何も言われないだろうと、安易に使ってしまっていた側面すら有ったかもしれません。

ふと気になって「精進」の意味を調べてみることにしました。
日常で使われる場合の意味は「一つのことに精神を集中して励むこと」とありました。
また、類例として「一生懸命に努力すること」とありました。
となると、私は「精進」を軽い気持ちで使い過ぎなのではないか、と思えてきました。

上司から頂いたアドバイスに対して、自分は「精進」の言葉通りにしっかりと向かい合えていたのでしょうか。
思えば普段そういったアドバイスを受けたときは、技術や言葉遣いなど仕事に直結する話題だったことを思い出してきました。
裏を返せば、自分の仕事に対して一生懸命に努力出来たか、という問いになります。
この問いに自信を持って答えられなかったと解釈すると、途端に悔しく思えてきました。
過去に頂いた上司からのアドバイスについて、今からでも「精進します」という言葉を反故にしないよう振り返って一生懸命向き合いたいと思い直しました。

他にも得られた気付きが有りました。
自分が当たり前のように使っている言葉でも、実は誤った理解のまま使っている可能性があるということです。
例え誤った意味で使用した場合でも、それを聞いた相手が誤りをその場で指摘してくれるとは限りません。
相手は本来の意味で聞き取り、そのまま話が進んでしまう可能性があります。
言葉によっては、後に致命的な問題が起きてしまう可能性もあります。
メールやメッセージなどの文章でのやり取りが多々ある昨今、とても身近なことに思えてきました。
そのため、使う言葉一つ一つの意味を正しく理解した上で、TPOに合った使い方をする必要があると思いました。

私は過去に「内省」というテーマでコラムをいくつか書いたことが有ります。
私の中で、過去、最も真剣に考え、実行すべく悩みながらも向き合った言葉です。
「内省」とは、自分の内面を見つめ、その考えや感情(想い)を分析し、自身を理解するということです。

当時の私には、無意識のうちに自分勝手な考えで、自分を正当化してしまう時がありました。
当時上司から自己主張が悪いのではなく、利己的な考え・行動と利他的な考え・行動のバランスだと。相手の事を思えば、それは必ずお前に帰ってくると教えられました。
それ以来、誰かと話す際には自分勝手な主張となっていないか、時折そのバランスを振り返れるようになりました。

思えばそのコラムを書いたのは半年ほど前の事です。
お陰様で今ではそのような指摘を受ける事も無くなりましたが、だからといって綺麗にゼロになったかといえば、決してそうではないと思います。

利己的な思いというものは、まるで悪魔のようにそこにもここにも居て、じっと私を見ていることを感じます。
当時は、その悪魔のような思考になかなか気付くことが出来ませんでした。

例えば自分のタスクが遅れてしまった場合にも「仕様が決まらなかったから」や「他の人の作業が遅かったから」と、自分の中で独善的に理由付けしてしまっていた事があります。
もっと一生懸命取り組めば、完璧ではないにしろ自分の領域のタスクだけはもっと早く終わらせることが出来たかも知れません。

社会人生活を送る中で、最も重要な技術に関する知識よりも、そんな言い訳や責任転嫁の逃げ方の悪知恵も培ってしまった気がします。
このような悪癖を発揮する限りは、決して成長などすることは出来ませんし、困難にぶつかってもそれを乗り越えられなくなってしまうと思います。

かつて内省について上司からいただいたアドバイスの中に「もっと仕事を出来るようになって、自分に自信を付けること」という言葉があったのを今でも強く印象に残っています。
その時は、激励の言葉の一つだと軽く受け止めてしまっておりましたが、その言葉の意味を日に日に重く感じるようになりました。
今まさに自分が戦おうとしている悪魔にはその自信でしか打ち勝つことは出来ないのだと、日を追うごとに痛感しています。
仕事が出来るようになるという事は、単に仕事をこなすのではなく、仕事=技術に対して、正面から正々堂々と向き合って、「出来るようになる」という意味だと分かってきました。
よく最短ルートで目的を果たすべく、システムやプログラム開発の効率が重要視されますが、それと技術者としての成長は効率だけではありません。
不具合を見て、冷や汗を流しても、それを糧にして成長する強さが大切だと思います。

嬉しいことに弊社では毎年新たに新卒の仲間が加わっています。
そんな将来有望な若手メンバーに自分のような悪癖を見せる訳にはいきません。
そして、自分以外にそのような悪癖を見付けた場合は、自分が反面教師として、率先してそれを救わなくてはなりません。

本気で「精進します」とか「内省します」と言うならば、
もっとしっかりと自分が抱えている問題と向き合う必要があるのだと思いました。
この覚悟をどのような言葉で表現するべきだろうと思案していると、これを真の意味で「精進」というのかもしれないな、と腑に落ちました。
そうしてまた、心新たにこれからも「精進します」と思いました。

こう

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