指導・教育の精度~OJT

企業として、新入社員なり社員の教育にどのくらいの予算を考えているのか。
さすがに青天井では済まないだろう。

だから、指導や教育の精度を考え、効率を求め、その人に合った指導・教育の在り方を求め、予算との折り合いをつけながら指導・教育の計画が為されるのだろう。

一方で、人を育てるということは、教育のプロでもそう簡単ではないのではないか。
テレビ等で〇〇ゼミの有名講師だなどと見ると、そりゃあ単一の学科でならやりようも有るだろうよと思ってしまう。

技術と人間の両方を教える。
それをやれと言われたら、若い先生は絶望的にハードルが高いと感じてしまうかも知れない。
教える方のプレッシャーが半端ないね。

教えるという行為に最も必要なものは、教える内容についての保証だ。
教わる方が、その内容を絞り切れないようでは、指導・教育の効率が良いはずはない。
教える事には他の可能性やエルス(逆の場合)が往々にして存在する。だからといって、潤沢では無い教育の時間に、それを表現すれば、教わる方の理解のゴールが曖昧になる。
教える内容への保証とは、教える行為への自信を示す事で、教わる方の理解の焦点を簡単にしてやることだ。

その点、OJTによる指導・教育は、ある程度ゴールが明確で、教わる方の理解のゴールは分かり易い。
もちろん、OJTを[例題]として置き換えても良いと思う。

教科書や参考書発の教育とOJTを比較しても仕方無い。
また、教科書や参考書による座学の、その他の可能性やエルスの説明は本来非常に重要なのも間違い無い。
しかし、指導・教育の課程で、教わっている方の理解を幾つ授けられるか。その観点で、指導・教育を俯瞰することが重要であるという事だ。

ひとつの理解の上に、その他の可能性やエルスについて、さらに指導・教育を重ねて行く事を考えてみよう。
緩急を付ける事で、目標に最短でたどり着くならば、それは考える価値が有るだろう。
理解させる為の予算はいずれにせよ発生する。

教科書や参考書を読んで記憶する事が向いている項目も有る。
やってみて体験してみて理解を遂げる項目も有る。
繰り返し対処して憶えていくべき事も有る。

OJTを通して一連の理解をしたつもり、させたつもり(もちろん大切な成果であるが)でも、意識すべきはOJTによって得られた経験や知識は、時として一意に集約され、イレギュラーに弱い傾向が有るという事だ。

その他の可能性やエルスの理解が、そのイレギュラーを正しくキャッチアップ出来るように、座学とOJTのバランスを見て指導・教育を進めていきたいものだ。

何よりも参考になるものは、教える立場の者がどのように指導・教育の内容を身に付けたのかということだ。
だから、自分に自信を持って、それを相手に分かるように、例えばエピソードトークを交えても、教わる方も自信を持って理解してくれと。

さて、絶望的にハードルが高い人間としての教育はどうする。
実はこれは簡単だ。
株式会社インテグラル・ソリューションズは、社是として「正義と思いやり」を掲げている。

ハンフリー・ボガートのロング・ロング・グッドバイのセリフ、「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない」なんて気障な考えから社是を「正義と思いやり」としたわけではない。

人はとかく臆病で脆く、弱さゆえに愚かになる事がしばしばだ。
だからこそ、[正義] を果たせ、[思いやり] を持て。
と、自分のバックボーンを顕かにし、行動の指針にして欲しい。

[正義] や [思いやり] に迷ったら、もうひとつ大切な言葉を思い出して欲しい。

「回向」という言葉だ。

元々は学問=仏教の時代の言葉だが、現代でも大きな意味のある言葉だ。
回向 (えこう) とは、此岸 (しがん) に対する彼岸 (ひがん) の事であり、またその逆でもある。
逆でもある、という事が重要で、自分と相手の立場の向きを回して、相手と自分を入れ替えてみる。要は相手の事を考えるという事だ。

まあ、考え方は簡単だ。
しかし、それが簡単には出来ない。それが人間の弱さだ。

[正義] と一口で言っても、自分の [正義] も有れば、相手の [正義] も有る。
様々な [正義] が有って、どれが本当の [正義] ですか? となりそうだ。
無論、[思いやり] も同じ事。

しかし、利己的で弱い自分を消せば、本当の [正義] はいつもそこに在る。

[思いやり] もそうだ。
その思いやりが有れば、ユニバーサル・デザインなど何も悩むことは無い。
相手が望む事を理解する力。それが全てだ。
人として、相手を活かす。そして自分が活かされる。

技術と人間の両方を教える。
教える方もまだ若く、未熟である事は承知の上で。

それが株式会社インテグラル・ソリューションズの現時点の指導・教育の精度なのだから、悩み、もがいて、粘り強く成長をものにしていけ。

教わる方の前で、恰好をつける必要は無い。
多くの事を教えられるのは間違いないから。
例え何かミスをしても、教わる方はそんな事を気にしている場合ではないからね。
教える方も教わる方も、必ず報われるよ。

ゆう

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