煙草のけむり

私は煙草の煙だ。私のご主人は多分ヘビースモーカーという奴だろう。勿論私は私のご主人以外は知らないが。このご主人というのがもう還暦をとうに過ぎたジジイなのだが、自分がジジイだと最近やっと自覚が出てきたような奴だ。
私が思うに世の中のジジイは多分もっとまともなジジイなのではないか。
こいつはテレビで野球とかいうものを観ていて、感情が昂るといきなり勝利の踊りを始めたりする。灰皿に置かれた煙草から立ち上る私は、正直信じられない気持ちでその踊りを見ている。渋谷のスクランブル交差点にある大型ビジョンに、その様を映してやりたい歪んだ感情を抱えながら。

ところこいつはジジイのくせに匂いに敏感らしく、玄関、浴室、トイレ、テレビの横からベッドの角に良い匂いのデオドラント製品なるものを配置している。
とはいえ、煙草から生まれる私の匂いは強烈だ。
さらにジジイは紙巻煙草だけでは飽き足らず、シガーや煙管のきざみもちょくちょく喫しており、私の匂いも様々だ。

そしてジジイは時折「白檀」の香りの線香に火を点ける。

ある日、お風呂から出たジジイがパンツ一枚で椅子に座り、ピースという煙草に火を点けた。私はゆっくりと舞い上がった。私の大嫌いなエアコンは止まっていたので、私はのびのびと部屋中に広がった。
とそこに、ジジイが線香に火を点けた。
線香の先が赤く光り、細い線となった線香の煙が一直線に立ち昇った。
私の中に白檀の香りが向かってくる。
なんと香しい。美しい香りだ。
私は勇気を出して、線香の煙に大人のダンスを申し込んだ。
線香の赤い火が艶めかしい。
私達は2人でジジイの上をクルクルとルンバを踊った。
線香の煙は、この世のものとも思えない美しい香りだ。
線香の煙に、私の癖の有る香りを分かってもらえるだろうか。
ただ、今だけは男らしく線香の煙をリードすることだけを考えよう。
至福の時間ほど過ぎるのが早い。線香の火はすでに根本にまで達している。
私は既に灰皿に煙草を揉み消されている。
せめて煙の私達だけでももう少しここに居たい。ダンスを踊っていたい。
線香が消えたのを確認してジジイが立ち上がった。
もたもたと部屋着を着込むと、明日のゴミの日に備えて、まとめてあるゴミの袋を持って玄関を開けた。
私と線香の煙は、玄関から入り込む外気に蹴散らされるように消えた。

出来たらまた、煙草を喫う時に、線香にも火を点して欲しい。
そんなロマンチックな気持ちで煙草を吸わないわな~。ジジイ~。

ゆう

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