小説の選び方

「小説の選び方」なんて特集が雑誌などで組まれているのを時々眼にします。
仕事や生き方の指標や参考になるとか、著名人が勧めるシリーズとか、様々な宣伝で売れなくなってしまった(読まれなくなってしまった)小説を何とか手に取ってもらおうと四苦八苦しているなぁ、なんて裏読みしてしまいます。

かくいう私も自分が読んで良いなと思った小説を、時々人に勧めたりしています。
しかしながら、自分が読んで良いなと思ったからといって、人様が同じ考えになるとは思っていません。
人それぞれに、それぞれの考えが有って良いと思います。

では誰もが(という条件で)、自分にとって良いと思う、または良かったと思う小説とどうやって選べば良いのでしょうか。
それは出会いだと思います。
出会いとは、偶然ではありません。すべての出会いは必然です。

私は本(小説)が大好きです。
歴史小説でもSF小説でもハードボイルドでも、ミステリーや恋愛や青春の物語でも。いわゆる乱読型とでも言うのでしょうか。

私なりの小説との出会いは、どこの街角にでもあるような書店に入るところから始まります。
割と小さな店でも一番目立つところにベストセラーや注目作品が並べられています。
しかし私は大体それらをスルーして小説が収められた棚の前に向かいます。

まずは小説のタイトルを見渡します。そしてタイトルのインパクトで、出オチに終わる小説に惑わされないように、意識して本の装丁を眺めます。
次に本の裏面に掛かれているあらすじを恐る恐るなるべくザックリ読んでみます。
メチャクチャ面白い本だったら、読んだ後にあらすじなんて読まなければ良かったとなるからです。
最後にいよいよ本を開いて、その作品の文章の味見をします。

そうです。私と本の出会いは、要は文章との出会いです。
どんなに巧みなプロットで設計された小説でも、その文章に魅力を感じることが出来なければ、読了するまで苦痛です。
例えば興味の無い楽曲の歌詞を見ても何も感じないのと同じです。
だから、小説のワンフレーズに心が捉われる時、「見つけた」と思ってしまいます。

若い人と小説の話をする時、私はひとつの人生では経験出来ない、あるいは非日常の経験を、小説は簡単に与えてくれるということを口にします。

そういう意味では漫画も否定出来ません。
しかし小説は漫画に比べて、圧倒的に情報量が多く、繊細な状況や心理の表現を実現しています。
漫画でも「バガボンド」のように、それらに果敢に立ち向かった作品も有りますが、結局は水墨画のような絵の表現能力を駆使しても、「届かなかったか」というのが私の感想です。

小説はまた、良い文章に出会った時、何よりもその文章表現を学ぶことが出来ます。
架空の人生、架空の経験、知らなかった世界を知る。それらも醍醐味では有りますが、やはり、小説から学ぶものの最高のものは、魅力ある文章から、文章の力を知る事です。
ただそこに印刷されている文字を何行か読むだけで、鳥肌を立てさせるとか。
私はそこで一旦本を置いて、深呼吸をする。「やられた」と思います。

小説を選んでいる時、私ごときの眼から見ても「しょうもない文章を書きやがって」と思う小説を見てしまうこともあります。
その編集者の能力を疑いますが、私とは観点が違うのだろうと自分を納得させて怒りを鎮めます。

だから、自分が良い文章だと思う作品に出会った時、「やったー!」なのです。

そうやって選ぶ小説に、人を変える力が有るかどうかは分かりません。
その影響を受けるかどうか、それはその人次第だと思うからです。
いずれにしても私は様々な小説から様々な影響を受けました。
そしてそれは私の生涯の財産です。

そういう意味では、どこかの街角の本屋で小説を選んでいるその時間も、私の財産の一部なのかも知れません。

ゆう

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