同じ物を指しているようで

「果物」とは木に成るものを指すから、メロンやイチゴは野菜だ。
学術的にはこの様に分類されていますが、日常でわざわざこんな事を言う人を見たら、
神経質だなと思う方もいるのではないでしょうか。
ただ語句に木の字を含む「果物」と違って、「フルーツ」と言う言葉では、木に成る/成らないの括りが無くなります。西洋では生で食べられて、甘くて、デザートで食べられる作物ならば何でもフルーツと定義しているそうで、実におおらかです。
100年ほど前のアメリカで「トマトは甘いがフルーツか野菜か」について裁判まで行われたそうで、このときの判決は「トマトはデザートで食べられていない物だから野菜」だったとか。
この判例に倣うと、現代にあるフルーツトマトは、より甘くなっているけれども、デザートで食べられる慣習がないのでまだ野菜のままの扱いになるのでしょうか。
当たり前に翻訳されていても、東西の文化により実は指すものが違っている事、探してみると面白いかもしれませんね。

他に思い浮かぶのは、キリスト教の懺悔で許して貰える「罪」でしょうか。
罪は英語では、宗教で戒められている道徳的な罪「Sin」と、法律的な罪の「Crime」があります。懺悔で神に許して貰えるのは「Sin」です。東洋ではどちらも「罪」の一文字で訳されるからよく誤解されるのだそうで。
これを読んでいる人、もし「Crime」を告白しようとしているならば、許して貰えるどころか神父さんに警察行けと言われるので、ご注意を。

シン

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