錦繍

錦繍(きんしゅう)…紅葉が錦のように美しい様。あるいは秋。
30年以上前に宮本輝さんの『錦繍』という小説に出会った。
この本は職場の先輩から、「僕の生涯のベスト3の小説をプレゼントする」と何かのタイミングで頂いたものだ。
錦繍というタイトルのように人と人が錦を織るように交差して、やがてそれぞれの生を見出していく書簡小説だと。
私はこの本を今までに軽く10冊以上は購入し、誰かにプレゼントしたり、自分で読み返したりしている。先日も何か面白そうな小説はないかと書店を見ていて、何冊かの小説を抱えてもう帰ろうかと思った時、棚にこの本を見付けてそろそろ再読すべきかと買ってきた。

寝る前に少しだけとページをめくり、既に暗記している韻を踏んだ冒頭を見始めると、やはりそのまま一気に最後まで読むことになった。
私自身のその時々の心理状態によって、美しく温かい文章に浸りたくなる時があるのだ。
物語は人間の業(ゴウ)を描きながら、再生を信じさせる。
最後の手紙を読み終える時、思わず涙がこぼれそうになる。

振り返って、この本を私に勧めてくれた先輩を私はそれだけで信じられる。
吉田拓郎さんに『今はまだ人生を語らず』という良い曲があるが、
何も人生を語らずともひとりひとりにひとつひとつの人生があることをこの小説に教えられた。
もちろん誰かがこの小説を読んで、どう思うかなど私には分からないし、想像も出来ない。
しかし私に関して言えば、急に無性にこの本が恋しくなるのだ。
今回に関して言えば、3時間ほどじっくりと再読してみて、読後に心が重くなった。
読む前より3~4㎏ほど重くなった感じだ。つまり読む前は結構軽い心持ちだったのか。
ともあれ読んで後悔は無い。
清々しさとともに軽くはない人生の重みが心理的な重心を補正してくれたのだと理解した。

ゆう

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