恩返し

指導者不在を理由に休止していた中学校の剣道部が、私達の入学した年に復活した。
その為、入部した1年から3年までが皆、初心者の集まりだった。偶々であるが各学年ともに5名でというスタートだった。当然1年生はそんなことさえ知らなかった。

私から見たら3年生はもう大人のような体格で、殆どが優しい先輩だったが、たった一人非常に厳しい「可愛がり」をしてくれる先輩もいた。1年生の中でも一番小さかった私は格好の相手だったようで、単に練習に付いていくだけでも大変だったのに、試合稽古では防具の間を打たれて、アチコチ紫色に腫れを作っていた。特に困ったのはキッチリと身に着けた面の横を払われて、よく鼓膜を破っていた。

しかしそんな嵐は半年で終わり、2年生との関係は良好だったので束の間の平和は私にとって、何よりだった。
部内で個人戦をやると1位から4位が1年生の私以外の仲間で、秋の新人戦の団体メンバー(先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の5名)は私以外の1年生が4名選ばれていた。
そんなことも私が2年生と仲が良かった理由だった。

とはいえ本心は強くなりたかった。
弱い私に出来る事は、ただひたすらに基本練習を仲間より多く繰り返すことだけだった。
そして2年生になった時、同級生の仲間は市民大会や市内大会では当たり前のように優勝し、県大会でも上位に入るようになっていた。皆、自信を付けていた。
そんなある日、新しい指導者が剣道部にやって来た。
そして私達の稽古を見ていたその先生が、練習に参加してくれる日がやってきた。

簡単に言うと、私以外の新2年生の仲間が全員ぶっとばされた。
理由は癖がついているからだと。私だけ癖がついていないと。

その日から私は違う人になったかのように強くなり始めた。
身長も仲間の中で一番高くなりつつあり、頑張り続けた基礎練習の成果が顕われて力とスピードのバランスが仕上がっていた。
2年の3学期に入ると、仲の良かった3年生は勿論、2年生の仲間も誰も私に勝てなくなった。

その後、私達は先生の教えに従い近隣の高校剣道部と練習試合を行い始めた。
そしてある日、地元でも有名なヤンキー高校の剣道部と練習試合をすることになった。そこで相手の中に中学の先輩、あの沢山可愛がってくれた先輩を見付けた。
その時私は団体メンバーのポジションとして大将を任されていたが、相手が副将だった為に、先生にお願いしてその試合だけ副将をやらせてもらった。
私の前までに2勝1敗で私達が勝っていた。後が無いために、例の先輩は一生懸命威圧してくる。

私はただ勝つだけではなく、先輩の鼓膜を破ってやろうと考えていた。
面や小手を狙うでもない、いきなり激しい体当たりがきた。重心をずらし、腰を捻って相手のバランスを崩して軽く押す。
先輩はゴロゴロと転がる。先生はそこを打てという眼をしている。間合いを詰めて面の横を力任せに打とうとした。が、寸止めにした。こちらを見上げる先輩の眼が怯えていたからだ。
後で先生には叱られるだろうが、そんな恩返しは意味が無い。
立ち上がった先輩から、立て続けに面を決めて勝負を決した。
先輩は項垂れ試合の後も私と眼を合わせようとしなかった。

こちらには蟠りなど無い。
勝ったから、勝てるからではなく、そうなる為の私の成長に先輩も力を貸してくれたから。
綺麗な面を2本決めて勝ったこと。それが恩返しだった。

ゆう

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